広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)30号 判決 1974年5月23日
広島県安芸郡府中町四、七四八番地
原告
株式会社空鉄工所
右代表者代表取締役
空米蔵
右訴訟代理人弁護士
新井照雄
同県同郡海田町
被告
海田税務署長
杉島房夫
右指定代理人
大道友彦
右同
小瀬稔
右同
戸田由己
右同
松下能英
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
一、被告が別表(一)のとおり、昭和四三年一二月二七日付でなした原告の法人税総所得金額更正処分のうち、同表記載の原告主張額を越える部分を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、原告は鉄工業を営み法人税の納税に関し青色申告をしているものであるが、被告は別表(一)記載のとおり、原告の総所得金額を更正する処分をなした。
二、そこで原告は右処分につき、昭和四四年一月二二日、広島国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は同年六月一七日付で別表(一)記載のとおり右処分のうち一部を取消し、その余の部分につきこれを棄却する旨の裁決をなし、その頃原告に通知した。
三、しかし、本件更正処分は、同別表記載の原告主張額を越える部分について、原告の所得を過大に認定した違法があるので、その取消しを求める。
(請求原因に対する答弁並びに被告の主張)
一、請求原因一、二の事実は認める。
二、被告が原告の申告額を更正したのは、別表(二)記載のとおり原告の申告額に加算、減算すべき事由があつたからである。
原告会社は代表者空米臓の一族の同族会社であるが、訴外空ムメヨは米蔵の妻、訴外空幸子は原告会社専務取締役空敏男の妻であり、同人らは原告会社の業務に従事していないのに、原告は別表(二)記載のとおり同人らに対する給与を損金に計上していたので、被告は法人税法(昭和四三年三月三一日法律第三四号)一三二条の規定を適用して右給与額の損金計上を否認し、それぞれ、米蔵並びに敏男に対する役員賞与と認定したものである。
(被告の主張に対する原告の答弁)
被告主張のうち、空ムメヨ、空幸子が原告会社の業務に従事していないとの判断のもとに、同人らに対する給与の損金計上を否認した点を争うほか、すべて認める。本件事業年度において、ムメヨは原告会社の寮母として、幸子は事務員として、それぞれ現実に稼働していた。
第三、証拠関係
(原告)
一、甲第一ないし第二四号証提出。
乙第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし六、第三ないし第五号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は不知。
二、証人藤原則晃、檜山光行、設楽正純、空ムメヨ、空敏男、空幸子、山岡梅男、宮崎藤子、橋越チエノの各証言援用。
(被告)
一、乙第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし六、第三ないし第五号証、第六号証の一ないし九、第七号証の一ないし一〇、第八号証の一ないし八、第九号証の一ないし三一、第一〇号証の一ないし二二、第一一号証の一ないし一二、第一二号証の一ないし二六、第一三号証の一ないし三五、第一四号証の一ないし二五、第一五号証の一ないし二七、第一六号証の一ないし二五、第一七号証の一ないし二〇、第一八号証の一ないし二一、第一九号証の一ないし二一、第二〇号証の一ないし二五、第二一ないし二七号証提出。
二、証人河内義光、古谷勇、大成義登、油目省三、西本哲夫、橋越チエノ、下村健、井口久夫、中谷小百合の各証言援用。
理由
一、請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二、本件各更正処分について
被告が別表(二)のとおり、原告の申告額を加算並びに減算したこと、訴外空ムメヨ、空幸子に対する給与を損金に計上したことを被告が否認するほか原告の申告額につき被告主張のごとき加算すべき事由があることは当事者間に争いがない。そこで、右損金計上否認の処分の是非について検討する。
(一) 昭和三九年度までの原告会社の推移について
証人空ムメヨ、空幸子(各後記措信しない部分を除く)、設楽正純、橋越チエノ、宮崎藤子の各証言を総合すると、原告会社(以下会社という)は空米蔵が昭和一〇年頃個人営業の鉄工所として創業し昭和三五年五月頃、株式会社に組織変更し、昭和三九年頃には従業員約一五〇名を数えるほどに成長発展したものであつて空米蔵を代表者、その子空敏男を専務取締役とする同族会社であるが(同族会社であることは当事者間に争いがない。)、個人企業当時から設立当初のころまでは米蔵の妻ムメヨが寮に関係する仕事を敏男の妻幸子が計理事務一般をそれぞれ一人で処理してきたが、昭和三八年頃から寮の仕事には橋越チエノが住込みで従事するようになり(なお後記(二)の1参照)、計理事務には二名の女子事務員が従事するようになつたことが認められる。証人空ムメヨ、空幸子の各証言のうち右認定に反する部分は措信し難く他にこれをくつがえすに足る証拠はない、右事実に徴すると、本件昭和三九年以降の事業年度当時は会社が従来の個人企業たる性格を脱却し会社組織たる実質を漸く備えるに至つた時期ということができる。
(二) 本件係争年度における空ムメヨ、空幸子の会社業務従事の状況について
1. 空ムメヨ
原告はムメヨが会社の寮母としての仕事に従事していたと主張する。証人空ムメヨ、橋越チエノの各証言によれば、寮は米臓らがかつて住居に使用していたところで部屋数は六室で寮生の数は昭和三九年頃は約二〇名、昭和四〇年以降は一〇名位であつたこと、当時の寮の仕事の内容は、朝夕給食センターから運ばれる食事を各寮生分に盛り分け、食事後は仕末、整理をし部屋を掃除し風呂を沸かす等でそのほかは日中寮を見回る程度のものであつたと認められるところ証人橋越チエノ、下村健、井口久夫の各証言によれば前判示のごとく右寮の仕事に従事していたのは寮に住込んでいた橋越チエノであつてムメヨは寮を見回る程度のことであつたことが認められる。これに反し証人空ムメヨ、空幸子、空敏男、設楽正純、檜山充行、藤原則晃、山岡梅男はムメヨがもつぱら寮の仕事に従事していたと証言するが、いずれも右橋越チエノ住込の事実について触れていない点において不自然であり、証人藤原即晃を除いて他の証人は寮に居住したことなく、また右各証人は会社と密接な利害関係を有することを考慮に入れるとこれらの各証言はたやすく措信することはできない。もつとも右橋越チエノの証言並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第二四号証によれば橋越チエノは病弱であり、医者通いをしていたことがあるので空ムメヨが多少右橋越の仕事を手助けした時期のあることは認められるが、橋越は会社から月二万円の給与を得ていて、寮以外の会社業務を負担していなかつたことが認められるから同人を差し置き、家庭を持ち寮に居住していないムメヨが専ら寮の仕事に従事していたとは認めることができない。これを要するにムメヨは会社代表者の妻として会社が運営する寮の仕事の手助けをした程度と認められ会社の従業員として寮の仕事に従事していたものとは認め難い。その他原告の前記主張事実を認めるに足る証拠はない。
2. 空幸子
原告は空幸子が事務員として会社の業務に従事していたと主張するので以下検討する。
(1) 証人設薬正純、空幸子、空敏男の各証言を総合すると、会社事務所は昭和四一年七月頃まで専務取締役空敏男の居宅の一部を改造したもので居宅とドア一つで隔てられていたこと、昭和三九年当時幸子には九才、七才、二才の女児と生後間もない男児とがあり、幸子は一人で家事と育児をなす傍ら事務所に出入りしていたもので事務所に出入りする時期、時間が一定していなかつたこと、当時、会社にはタイムレコーダーが設置されていたが同人が打刻することがなかつたこと、又会社から同人に対し採用、昇給等の辞令が交付されることがなかつたことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。
(2) 証人設楽正純の証言によると、会社の計理事務は株式会社に組織変更した頃より、税理士である設楽正純が担当しており、昭和四一年一一月頃までは、会社は出納帳程度の原始的帳簿を作成するのみで、正規の記帳や決算申告は同人がなしており、以後は会社の事務員が総勘定元帳を記帳していたこと、昭和三九年頃は会社の事務員(空幸子をしばらく措く)は女子二人であつたが、昭和四一年頃からは男子二人が増員されたことが認められ、これに反する証拠はない。
(3) 成立に争いのない乙第三、四号証並びに証人設楽正純、空幸子、檜山充行、空敏男、宮崎藤子の各証言を総合すると会社においては、代表者の米臓、専務取締役の敏男が取引先との交渉、機械の点検等の為日中事務所にいないことが多いため、幸子が同人らの委託を受けて会社代表者印を保管し、支払手形並びに小切手に会社代表者印を押捺していたこと、もつとも、右支払決定は殆んど専務の敏男がこれをなし、幸子は敏男の指示に従つていたものであるが、支払い猶予等の交渉については幸子が裁量でなしていたこともあつたこと、そのほか、会社の計理事務については幸子は伝票整理や記帳などの業務を処理することなく、これらは前記の事務員が処理していたこと、その他、幸子は取引先会社の接待、工場で残業する社員のための夜食の注文、夜間の事務所電話番等をなしていたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。
右認定事実に徴すると、幸子の仕事は、その内容、範囲が明確に定められていたわけでなく、また勤務時間も一定しているわけでなく、かなり多忙と思われる家事育児の傍らをさいて、その性質は従業員としての業務とは認め難く、会社専務取締役の妻としてその経営に協力したものと認めるのが相当である。(前記甲第四号証、成立に争いのない甲第五号証並びに証人空幸子、空ムメヨ、空敏男の各証言を総合すると、会社においては設立の経緯に照らし幸子並びにムメヨを役員とするのが相当であると考えていたが、他の従業員の手前同人らを単なる従業員として処遇していたものと認められ、この事実も右判断に沿う。)
三、そうすると別紙(二)のムメヨ並びに幸子に対する給与を少くとも原告会社の従業員給与として損金に計上するのは違法ということができ原告会社が前判示のごとき同族会社であることを考慮すると、被告が法人税法一三二条に基き右損金計上を否認し、米蔵並びに敏男に対する役員賞与と認定したのは適法な更正ということができ、その結果別紙(二)の(Ⅱ)(Ⅲ)記載のとおり事業税認定損の減算がなされるべきことは当事者間に争いがないから結局被告のなした本件各更正処分に違法な点は認められない。
四、よつて原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田辺博介 裁判官 広田聡 裁判官海老沢美広は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 田辺博介)
別表(一)
<省略>
別表(二)
(Ⅰ) 昭和39年11月1日~40年10月31日事業年度分
<省略>
(Ⅱ) 昭和40年11月1日~41年10月31日事業年度分
<省略>
(Ⅲ) 昭和41年11月1日~42年10月31日事業年度分
<省略>